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津地方裁判所 平成4年(ワ)117号 判決

津市三重町四三三番地の六〇

原告

関口精一

津市大字津興字柳山一五三五番地の三四

被告

津医療生活協同組合

右代表者理事

堀尾清晴

右訴訟代理人弁護士

石坂俊雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年五月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、被告組合の機関紙「暮らしと健康」に別紙「謝罪文」記載の記事を、「朝日新聞」及び「中日新聞」の各三重版に同記載の謝罪広告を、いずれも二段五センチメートル幅で掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、〈1〉被告組合の出版物に原告の撮影した写真を無断掲載したのは著作権の侵害である、〈2〉右出版物に掲載された記事等により原告の名誉が毀損された、〈3〉被告組合の副理事長が原告を侮辱してその名誉を毀損したと主張して、慰謝料及び謝罪広告等を請求した事案である。

一  原告の主張

1  原告撮影にかかる写真の無断掲載による著作権侵害

被告組合は、一九九〇年(平成二年)五月二七日、被告組合創立三〇年及び診療開始三五年記念として、「光たばねて」と題するA四判一九四頁の書籍(以下「本件書籍」という。)を発行し、同書籍中に原告の撮影した写真一二枚(以下「本件各写真」という。)を原告の許諾を得ずに掲載した(以上の事実は当事者間に争いがない。)。

被告組合の右行為は、原告の本件各写真に対する著作権を侵害するものである。

2  事実に反する記事等の掲載による名誉毀損

(1) 被告組合は、被告組合設立後一七年間理事長の職にあった伊達鎮二(以下「伊達」という。)の「ぼくの回想」と題する寄稿文(以下「本件寄稿文」という。)を本件書籍に掲載したが、右寄稿文には次のような記載部分がある(以上の事実は当事者間に争いがない。)。

〈1〉 「共産党の三重県委員会も中央の方針にもとづき、救援運動担当者をきめて、東京の会議などに送り出していたので、その線を通して、当然のように、民主的医療運動の要請がきました。県委員会は(中略)要請を受ける方針をきめました。」

〈2〉 「北陸地方で医療生協を組織した経験を持つ先覚的同士による民主医療機関の生協化と民医連加盟の必要性を力説するオルグ活動があったわけです。」

右記載は事実に反するものである。すなわち、〈1〉については、一九五三年(昭和二八年)秋に襲来した一三号台風の罹災者に対する総評の救護班の活動を見て、原告らは民主的医療機関の設立を思い立ち、原告らの献身的な努力によって津医療生協の設立に至ったものであり、政党の要請や指導にしたがって設立したのではない、〈2〉については、当時北陸地方には医療生活協同組合は一つも存在せず、また民医連には一九五五年(昭和三〇年)に加入したものであるから、オルグ活動ということはあり得ない。

伊達がどのような意図で右のようなことを書いたのかは不明であるが、被告組合が津医療生協の歴史を歪める本件寄稿文を漫然と本件書籍に掲載したため、原告らの津医療生協草創の苦闘・業績を抹殺され、その名誉を著しく毀損された。

(2) 本件書籍に掲載された「草創期を語る」と題する座談会記事(以下「本件座談会記事」という。)には、原告の発言として次のような記載部分がある(この事実は当事者間に争いがない。)。

「土地を譲ってもらうのにも苦労しました。議会がこの議案を採決しない。市会議員三六人中、三五人を、平治せんべいを持って廻りましてね。半年ズレて、やっと許可。」

原告の右発言は、「昔のことで恥ずかしいが」と前置きして、被告組合が病院建設用地として津市有地の払下げを受けるにあたり、被告組合の一部理事が理事会にも諮らずに勝手に、市議会議員に平治せんべい(当時の価格で五〇〇円)を配って議決の促進を図った事件があったことを語ったものである。当時、市議会議員でもあった原告は、右事件のために他の議員から猛烈な反感を買い、八方陳謝説得して辛うじて被告組合に対する市有地の払下げ案件につき議会の承認を得たものである。しかるに、右記載は、あたかも原告が市議会議員全員に賄賂を贈って採決に成功したかのような表現となっており、原告の名誉が著しく毀損された。

3  被告組合副理事長の原告に対する侮辱行為による名誉毀損

被告組合副理事長林友信(以下「林」という。)は、以下のとおり、再三にわたって原告を侮辱し、その名誉を毀損した。

(1) 林は、原告が本件各写真の無断掲載は著作権侵害であり犯罪行為であるから、全部数を回収して原告の眼前で廃棄することを求める旨の通告書を被告組合に送付したことに憤慨し、一九九〇年(平成二年)六月一三日、被告組合経営の津生協病院総婦長室を所用で訪れていた原告の姿を認めるや、原告に対し、「激しい文書をよこしたのは良くない、組合に闇討ちをした、よくここへ上がって来れたな、恥ずかしくないか。」などと怒鳴り、原告の名誉を毀損した。

(2) 林は、原告が被告組合を著作権法違反で津地方検察庁に告訴したことに憤慨し、同年八月二四日、前記津生協病院に立ち寄った原告に対し、「告訴は不可」と食ってかかり、「理事一同、盗作・犯罪とは思っていない。」などと激怒して原告を罵倒し、その名誉を毀損した。

(3) 林は、原告の告訴した著作権法違反事件が不起訴処分となったのに、原告がさらに検察審査会に審査の申立てをしたことに憤慨し、一九九一年(平成三年)二月二六日、前記津生協病院四階事務室で、原告に対し、「ひどいことをするじゃないか。」と怒鳴って執拗に原告に抗議し、その名誉を毀損した。

4  原告は、被告組合の前記各行為により甚大な精神的苦痛を受け、その名誉を毀損された。右苦痛を慰謝するには金一〇〇万円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成四年五月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払と、原告の名誉を回復するため、被告組合の機関紙「暮らしと健康」に別紙「謝罪文」記載の記事を、「朝日新聞」及び「中日新聞」の各三重版に同記載の謝罪広告を、いずれも二段五センチメートル幅で掲載するよう求める。

三  被告の主張

被告は、本件書籍に掲載された原告指摘の記事等によつて原告の名誉が毀損されたとの事実及び原告主張の林の言動(侮辱行為)を否認するとともに、原告の著作権侵害の主張に対し、次のとおり主張した。

1  本件各写真は「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、「文芸、学術、美術の範囲に属するもの」に該当しないから著作物とはいえない。

2  仮に著作物といえるとしても本件各写真は職務著作(著作権法一五条)としてその著作権は被告組合にある。

3  著作権侵害につき、被告組合には故意過失がなかった。

第三  争点に対する判断

一  著作権侵害の有無について

1  本件各写真の著作物性について

(一) 本件各写真の被写体

甲第一号証、第二号証の一、原告本人尋問の結果によれば、本件各写真の被写体、本件書籍に記載されている写真説明、撮影年月日は次のとおりである(括弧内は写真説明と撮影年月日。〈1〉〈11〉〈12〉については写真説明はない。)

〈1〉 被告組合の前身である柳山診療所前における関係者の記念写真(1960・3・23)

〈2〉 「老人の医療費を無料に」という立看板を写した街頭写真(「直接請求署名運動を展開」 1970・10・24)

〈3〉 組合員運動会のスナップ写真(「生協運動会-今日の健康まつりへ発展してゆく」 1973・10・14)

〈4〉 被告組合の高茶屋診療所前における関係者の記念写真(「高茶屋診療所開所」 1975・5・6)

〈5〉 被告組合の前身である柳山診療所前における関係者の記念写真(「開所当時の診療所」 1960・3・23)

〈6〉 被告組合の新診療所の建設工事中の写真(「新診療所建設工事」 1971・3・26)

〈7〉 右同

〈8〉 右同

〈9〉 右同

〈10〉 右同

〈11〉 被告組合の第一四期通常総代会のスナップ写真(1974・5・26)

〈12〉 診察室におけるスナップ写真(1970・7・20)

(二) 写真は、カメラという機械のメカニズムに依存する度合が大きく、しかもカメラの広範な普及・操作の容易性により、いわゆる素人写真が氾濫しているのが現状であり、本件各写真も素人写真の範疇に含まれるものと認められる。

ところで、写真には、被写体を忠実に機械的に再製することを目的としたものと、被写体の選択・構図のとりかた・カメラアングル・光量の調節・シャッターチャンスなどに撮影者の創意と工夫を加えて撮影したものとがあり、後者の写真については(その程度の差はあるものの)精神的創作性が認められるところ、それぞれの写真について創意と工夫の程度を判断することは極めて困難であるから、後者の写真については原則として著作物性を肯定するのが相当である。

そこで、本件各写真についてその著作物性を検討するに、いずれの写真についても被写体の選択・構図のとりかた・カメラアングル・光量の調節・シャッターチャンスなどに撮影者の創意と工夫が認められるから、その著作物性を肯定すべきである。

2  本件各写真の著作権者(職務著作の成否)について

前掲各証拠によれば、本件各写真は、原告が被告組合の前身である柳山診療所(法人格を有しない社団と認められる。)の事務長に在職中に撮影したもの(〈1〉〈5〉の写真)と、被告組合の専務理事及び理事長に在職中に撮影したもの(〈1〉〈5〉以外の写真)であり、いずれの写真も柳山診療所及び被告組合に関するものであることから、原告が柳山診療所及び被告組合の役員として、その職務遂行の過程において職務に関連して撮影したものであると認められる。しかしながら、原告が職務上の義務として本件各写真を撮影したものと認めるに足りる証拠はないから、本件各写真の著作権者は原告と認めるべきである。

以上、1及び2の認定事実によれば、本件各写真を本件書籍に無断掲載したことは著作権の侵害に該るというべきである。

3  被告組合の故意過失について

そこで、著作権侵害について被告組合に故意または過失があったか否かについて判断するに、甲第一号証、第二号証の一、第三ないし第五号証、証人駒田拓一の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下のような事実が認められる。

(1) 本件書籍は、被告組合の創立三〇年・診療開始三五年を記念して、その発行が企画され、組合員に対して原稿の募集、当時の写真・資料の提供を呼びかけ、組合員など被告組合関係者の投稿原稿や座談会記事を中心として編纂されたものである。

(2) 被告組合には、その活動や行事等を撮影した多数の写真が組合財産として保管されていたので、本件書籍の編集に際し、右保管中の写真の中から記念誌にふさわしいものを選択して本件書籍に掲載したものであり、その中に本件各写真も含まれていたものである。

(3) ところで、被告組合においては、撮影者から提供された写真を写真ファイルに入れて保管していたが、各写真には撮影者の氏名は記載されておらず、しかも被告組合の保管する写真は多数で、かつ三〇余年間にわたるものであるため、撮影者不明のものが大半であり、ことに歳月を経過した写真については撮影者を特定することは事実上不可能であった。本件各写真も原告から提供されたものであるが、右提供に際し原告は本件各写真に自己の氏名を記載しなかつたので、撮影者不明の写真として保管されていたものである。

そのような実情であつたので、被告組合は、原告から著作権侵害の抗議を受けて、初めて本件書籍に掲載した写真の中に原告撮影の写真が含まれている事実を知ったものの、どの写真が原告の撮影したものか分からず、その特定を原告に求め、ようやく本件各写真が原告の撮影したものであることを確認できたものである。

(4) 被告組合は、原告が理事として在職していた時代から「暮らしと健康」という機関紙を発行しており、右機関紙には被告組合の保管する写真がしばしば掲載されたが、その掲載に際して撮影者の承諾を求めたことはなく、撮影者から苦情を言われたこともなかった。なお、本件各写真のうちの何枚かは過去に右機関紙に掲載されたものである。

(5) 本件書籍の編集者は、本件書籍は被告組合の内部的な出版物で、被告組合の創立三〇年・診療開始三五年を記念して発行するものであり、しかも本件各写真はいずれも被告組合及びその前身である柳山診療所の関係者や行事等を撮影したもので、撮影者が明記されていないものであったことから、本件各写真は被告組合の内部的な行事あるいは出版物のために利用されても構わないという前提で撮影者から提供されたものであると考え、撮影者の承諾を求めずに本件各写真を本件書籍に掲載したものである。

以上の認定事実によれば、被告組合には本件各写真の無断掲載が著作権侵害になるとの認識はなかったものと認められ、また、被告組合が撮影者の承諾なしに本件各写真を本件書籍に掲載してもかまわないと判断したことについては、無理からぬ事情があったというべきであるから、本件各写真の無断掲載による著作権侵害行為につき、被告組合に過失責任を認めることも困難というべきである。

よって、著作権侵害を理由とする慰謝料請求は理由がない。

二  名誉毀損の成否について

1  本件寄稿文による名誉毀損の有無

名誉毀損とは人に対する社会的評価を低下させる行為であるところ、本件寄稿文に記載された津医療生協の創立経過が事実に反し、真実は原告主張のとおりであるとすれば、本件寄稿文は原告らの津医療生協草創の苦闘・業績を無視し、津医療生協を創立したという原告の誇り(主観的な名誉感情)を傷つけるものといえるが、本件寄稿文には原告に関することは全く記載されていないので、本件書籍に本件寄稿文が掲載されたことによって原告の社会的評価が低下し、あるいは低下するおそれがあると認めることは困難というべきである。

ちなみに、本件書籍は三〇〇部印刷され、うち一五〇部は平成二年五月二七日開催の総代会で出席者に配布され、残部は被告組合の職員に配布されたが、同月三一日に原告から被告組合に対し、本件書籍には原告撮影の写真八枚が無断掲載されているとして至急全部数を回収して破棄することを求める旨の通告書が来たため、被告組合においては同年六月中に原告の所持する一冊と紛失した一冊を除いてすべて回収して破棄した(甲第三号証、証人林友信、弁論の全趣旨)。

2  本件座談会記事による名誉毀損の有無

本件座談会における原告の発言内容が原告主張どおりであったとすれば、原告自身が市議会議員に平治せんべいを持って廻ったかのように記載されている本件座談会記事は、原告の発言内容と相反するものといわざるをえない。しかしながら、市議会議員に議案の促進を陳情するに際し当時の価格で五〇〇円相当の平治せんべいを持参した行為をもって、社会的儀礼の範囲を超えた贈賄行為と受け取られるおそれは殆どないというべきである。したがって、本件書籍に本件座談会記事が掲載されたことにより、主観的な名誉感情を傷つけられることはあっても、原告の社会的評価が低下し、あるいは低下するおそれがあると認めることは困難というべきである。

3  侮辱行為による名誉毀損の有無

林が原告に対し、原告主張どおりの侮辱行為をしたとしても、原告の主観的な名誉感情を傷つけられるにすぎず、原告に対する社会的評価を低下させ、あるいは低下させるおそれのある行為と認めることはできない。したがって、原告主張事実の存否について判断するまでもなく、林の侮辱行為を理由とする名誉毀損の主張は理由がない。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁割官 橋本勝利)

訴状別紙

謝罪文

津医療生活協同組合は一九六十年五月二七日創立三十年・診療開始三五年を記念し一光たばねて一を発行したが、その中に、

一 創業者関口精一氏撮影の写真一二点を許諾を得ずに掲載した

二 副理事長は貴殿がこの件を告訴したことに憤慨し三回にわたり暴言を吐いて侮辱した。

三 元理事長は某政党の指導に基づく、北陸地方の経験者が力説したなど全く事実無根の寄稿をし、これをそのまま掲載、貴殿が何者かに使役されたかに描き侮辱した。

四 貴殿が出席した座談会で組合用地を市から譲渡を受けるに当たり貴殿が市議会議員全員に贈賄したと発言したと歪曲、重大な侮辱記事を掲載した。

以上著作権侵害、名誉き損の記述があったことを認め、貴殿始め先人の苦労を侮辱する行為等のあったことを反省深く謝罪します。

一九九二年 月 日

津医療生活協同組合

理事長 落合郁夫

関口精一殿

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